2018年10月に読んだものメモ


  • 谷崎由依『鏡のなかのアジア』(集英社,2018年7月)
     東洋のいくつかの場所を舞台とした、時に幻想的な、それぞれテイストの違う短編5つ。とりわけ主に本来は言語ではない純粋な「音」の表現において、異なる言語間の境界がゆらいだり重なったりするような表記方法が面白い。大都会クアラルンプールの場面から始まり、遠い遠い昔に巨大な樹木であった男性の遍歴を語る最後の物語が圧巻。京都でのお話「国際友誼」は、実際にそういう発音上の行き違いを著者が経験しているのかもと思わされて(いや、ご自分でお考えになったのかもしれないんだけど)、ほんのり楽しい。

  • 乃南アサ『六月の雪』(文藝春秋,2018年5月)
     ちょうど無職になったタイミングで祖母が台南生まれだということ、そして台湾がかつて日本の植民地だったということを初めて知った32歳の女性が、少女時代を懐かしむ入院中の祖母のために台湾に渡って彼女の生家を探す。
     それまでまったく台湾とその歴史に興味のなかった人が、予備知識もさほどないまま渡航してみて、知らない土地に飛び込んで新しい体験をしたいというような意欲も強くない状態で出会う、さまざまな事象への新鮮かつ往々にしてうしろ向きな反応がリアル。
     旅を続けるうちにだんだんと実感されてくる歴史に、素直かつ真摯に向き合おうとするさまには好感を抱くのだけれど、現地で案内役をしてくれる台湾の人たちのうちのひとりと主人公の相性がとても悪く、私はどっちかというとその主人公にドン引きされてる側の人のほうに感情移入しちゃうタイプかも、そこまではいかずともこの主人公ほどいちいちむかついたりしないかもと思うので、ところどころで差し挟まれる内心の声に「え、そこでそんな感想!?」とびっくりすることがたびたびで、なんだか自分が主人公に嫌われているような気持ちになってつらかったです。終盤までそのギスギスした感じを引きずる、ストーリー上の理由はあるんですけど、それはそれとして!
     そして日本でも台湾でも、うまく歯車が回らない家族・親子の問題がクローズアップされる一方で、その土壌となった従来の価値観から孫娘を逃がそうとする祖母、台湾で助けれてくれた人たちとのつながりなど人間関係の上で力強く前向きな要素もあり。しかしとにかく「私この主人公と行動を共にしたら絶対ギクシャクするうううう」という怯えの気持ちが強くてちょっと読みながら居心地が悪かった(笑)。


  • 川瀬七緒『紅のアンデッド 法医昆虫学捜査官』(講談社,2018年4月)
     シリーズ6作目。この巻から、赤堀先生が、警察に正式雇用され、犯罪心理学を専門とするプロファイラー、技術開発部の研究員とともに科捜研の分室的な支援センターの職員というポジションを与えられる。警察組織の中では微妙な立ち位置のこの3人が、今後は連携を取って頭の固い上層部の先入観をぶっつぶしていくことになるのかな。特にプロファイラーの広澤先生との、まったくタイプ違う女性同士の遠慮会釈ない会話がいい感じ。これまで赤堀先生、同性の対等な仕事仲間には恵まれていなかったので。また、ここに来て初めて、赤堀先生の過去の一端と、単なる能天気な研究馬鹿ではない屈折した部分が明かされる。それを黙って受け止めるのはずっと彼女の仕事ぶりを見てきた岩楯刑事で、このふたりの互いを気にかけつつ絶対にウェットにならない(ようにコントロールしている)関係性もやっぱり好きだなあ。そして、やけど虫ことアオバアリガタハネカクシ、めちゃめちゃ怖い。いくら謎解きのきっかけになると言っても、文章で描写を読んでるだけで怖すぎる。

  • 陸秋槎『元年春之祭』(訳:稲村文吾/早川書房,2018年9月/原書:陆秋槎《元年春之祭 巫女主义杀人事件》新星出版社,2016年3月)
     前漢字代の中国を舞台に、現代とは異なる常識と倫理感に基づいて行動する人たちのあいだで起こる連続殺人。真相解明に挑むのは、潔癖で熾烈な少女たち。登場人物のとんがりかたから、次々と繰り出される衒学的な要素、理屈として因果関係がつながってはいても決して普遍性があるとは言えない特異な結論まで、なんかすごく、ここしばらく個人的に遠ざかり気味だったけどかつては慣れ親しんでいた新本格の雰囲気が! って感じだったのですが、それが中文からの「翻訳物」であるという事実に、ああこのジャンルは気がつけばもう別に「新」ではないのか、と感慨を覚えたりも(そもそも私自身が「この感覚、久々に味わうけど懐かしい」と感じている時点で……)。でもそうだ、私はこういうのが、好きだったのだ!


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