Andy Weir "The Martian: Lost Sols"(ウェブ公開) 商業デビュー作 "The Martian"(邦訳はアンディ・ウィアー『火星の人』ハヤカワ文庫SF)10周年とのことで、今月はボーナス番外編PDFが公開されていた。公式サイトの作品リストには入っていないっぽいので、このブログからは旧Twitter(X)上の作者さんによるお知らせ投稿にリンクしてあります。
日誌データの読めなくなっていたところが一部修復されたという設定。火星地表を移動中に、思いがけず遭遇した幅20mの裂け目の向こう側まで、探査車およびそれが牽引していたトレーラー、積んでた荷物とともに渡らねばならなくなったワトニーの、孤軍(にならざるを得ない)奮闘の詳細。
そうそう、このポジティブに皮肉っぽいキレキレの語り口、そこにあるもので知恵を絞って目的を果たす頭の冴えと度胸がワトニーさん! って感じです。
Shanna Swendson "Tales of Enchantment: Stories from the World of Enchanted, Inc."(Independently published, 2023年8月) 〈?魔法製作所〉番外短編集。日本語読者にとっての完全新作は2つですが(このシリーズは、いったん本国で終了したあと東京創元社からの依頼で続行されたので、一部は和訳版のほうが先に出ている)、この2編がまさに「そうそう、そのあたり知りたかったんですよ」という内容。
"In Case of Emergency..." は、突然イギリス出張を命じられたオーウェンと、お茶目で偉大な「あの御方」が出会ったときの物語。ですよね、MSIが本編開始時の状況に漕ぎつけるまでには、いろいろな苦労がないはずなかったですよね。
"Power Struggle" は、主役のふたりが結婚したあとのお話。魔法の存在を知らない(ひともいる)ケイティ側の家族にも祝ってもらうため、ケイティの故郷で改めて式とパーティーを開催すべく準備が進むなか、まさかのトラブルが発生。孫娘の晴れの日をつつがなく迎えるため、ケイティのお祖母ちゃんが暗躍します。
このほか、シリーズ全体に関する裏話エッセイなども。また、すでに邦訳があるもの含め、収録作5点それぞれにあとがきが付いてます。
盆ノ木至『アルマジロのジョン from 吸血鬼すぐ死ぬ』第3巻(秋田書店,2023年8月) 『吸血鬼すぐ死ぬ』のマスコットキャラであるジョンを中心にした一枚絵(ひとこまマンガ?)を集めたスピンオフ新刊。
私はゲーマーではないので「華麗なるゲームの丸」シリーズの内容がふわっとしか理解できなかったが、犰狳乱舞(技名)はかっこいい。アルマジロのこと日本語でも犰狳(キュウヨ)と言うのは初めて知りました(参照)。中国語の犰狳 qiúyú と同じ! 花器として華道部の活動に参加してくれるジョンはいいね……とてもいいね……。あとコメント欄でクワバラさんが語るエピソードがなかなか繊細で意外。少年時代は長距離バスが苦手で熱を出したとかさ……忍者なのに!?
お出かけ写真コーナー、後半のはこれジョンじゃなくてシャンだねえ。本編23巻(第281死)で旅立ったあとも元気そうでよかった。
Mo Xiang Tong Xiu "Heaven Official's Blessing: Tian Guan Ci Fu" 第5巻(訳:Suika/Seven Seas Entertainment, 2022年12月/底本:墨香銅臭《天官賜福》4巻〔平心出版,2021年8月〕/原文初出:墨香铜臭《天管赐福》北京晋江原创网络科技有限公司 晋江文学城,2017-2018年) 台湾版の原書4巻74頁13行目から、4巻の最後までに対応。 前の巻のあとすぐに読み始めていたのですが、後半に入ってから、奇英殿下と元師兄の因縁話があまりに居たたまれなくて(本当に居たたまれないんだってば!)、しばらく中断していました。胃に悪い。
バトルロイヤルを勝ち抜いた鬼が絶大な力を得るという銅炉山への入口が開かれ、鬼界の住人たちは本能的に引き寄せられていく。4人目の「絶境鬼王」誕生を阻止したい天界サイド。天帝から引き継いだ使命を果たすため、謝憐はすでにこの山での戦いを一度経験している花城を協力者とし、鬼たちと同じ目的地へと向かう。
ふたりきりの旅路になるのかと思いきや、図らずもいろんな知り合いと遭遇することに。もう出てこないのではと思っていたキャラクターも次々と再登場。
半月ちゃんと裴宿が地上で再会して蛇使いコンビになっていたり。裴茗将軍のなかなかに高潔な人間時代が明かされたり(女性問題以外では立派なひとなんだよなあ)。
あと話が前後するけど、戚容がまさかのお料理上手だったのがツボでした。出自を考えれば、わりとすごいことでは? それなりに努力もしたのでは? 食材がものすごくものすごく駄目だけど!
道中で通過した廃墟を調べるうちに、謝憐自身の過去にも、新たな謎が浮上する。怖い。
神官や鬼たちそれぞれが個々の重たい事情を背負っているけど、それらがどんどんひとつの場所へと集約されていく感じの巻。みんなみんな、絡み合っているのですね。
それと、英訳版3巻のあたりから私は、謝憐がこれまでに受けた仕打ちのせいですっかり苦痛に対して麻痺しちゃってて、のほほんと自分を犠牲にしているからコメディタッチの筆致でもしんどいというような感想を抱いていたのですが、この巻では花城が「そういう、いくら痛くても苦しくても自分はどうせ死なないからオーライ! みたいなスタンスやめてほしいです」的なことを、どストレートに言って諭してくれる。ありがとう……。
ちなみに、今年5月に中国で新規に刊行されたばかりの、改訂済みの簡体字版(全3巻)は、構成に手が入っていて章の区切りが変わっているし叙述の順序も一部入れ替わっている気がします。だからこの英語版ときっちり対応関係にはないんだけど、内容的には中巻の第13章途中から19章の最後くらいまでに相当かなあ?(そうだよ、計4バージョン買ってるよ、9月に発売の日本語版3巻も予約したよ。)
Ruth Stiles Gannett/Illustrated by Ruth Chrisman Gannett "Three Tales of My Father's Dragon"(Random House Books for Young Readers, 2011年12月/底本 "My Father's Dragon"〔1948年〕,"Elmer and the Dragon"〔1950年〕, "The Dragons of Blueland"〔1951年〕) シリーズ3作をまとめた合本版の電子書籍。邦訳はそれぞれ『エルマーのぼうけん』、『エルマーとりゅう』、『エルマーと16ぴきのりゅう』(福音館書店)。
日本で原画展が開催されるという情報を見たのをきっかけに、最近ちょくちょくこのシリーズの話をしていたら、翻訳でなく自分が子供の頃に読んだバージョンで読み返してみたくなって。
1作目は主人公のエルマーが、最終章まで一貫して地の文では my father と呼ばれていて、「語り手」が存在する形式なんですよね(邦訳ではこの主人公の名前が明らかにされたあとからは、地の文でも「エルマー」表記になる)。そして、この語り手がどういう人物なのかは、一切分からない(邦訳での一人称は「ぼく」だけど)。
私は子供の頃、これは作者のRuthさんという女性あるいは女の子が、お父さんのお話をしてくれているという設定なんだとばかり思っていました。いまは、この語り手が老若男女のいずれに当たるのかは、敢えて明確にされてないんじゃないかなと考えています。読んだ子が、どのようにも好きに想像したり、どうでもいいこととして特に考えなかったりできるように。読み手の自由に委ねられているのだと。
この語り口のおかげで、なんだか本当に、すぐ隣で誰かにお話をしてもらっているような、ベッドタイムストーリーっぽい感じがある、と思います。次々とミッションをこなして一直線に目的地へと突き進む構成も、現地で起こったことを時系列に、頭に浮かぶまま語られているような臨場感に寄与しているのではないかな。
続編からは一転して、最初から主語は Elmer になっているんだけど、そのときにはもう読者は物語のなかに入り込んでしまっているので語られ方が変わったことは気にならない。物語を書いたガネットさんは先月読んだ回想録のなかで、どうして2冊目からはこの形式になったのかもう覚えてないというようなことを言っていたと記憶しているけれども、こちらもすごく自然に受け入れてしまっている。
あと、最終巻でようやく、りゅうのボリスの名前と家族構成が明らかになるんだけど、ファミリー全員がイラストで出てくる計3ページほど、数十年前の読書体験から呼び起こした記憶では、ものすごくカラフルだったのだ。でも実際にはここもほかのページと同じくモノクロ画。ちびっこだった私の脳内でめちゃくちゃ補完されてたんだなあ。補完されちゃうほど、ドラゴンたちのバラエティある見た目の描写が、活き活きと鮮やかで楽しかったんですよ。
乾石智子『神々の宴 オーリエラントの魔道師たち』(創元推理文庫,2023年1月) シリーズ最新の短編集。権力志向を持たず、巷の人々のなかで堅実に庶民的に日々の生活を送り、それでもその身の内側に闇を抱え、きな臭い世間の動向に胸を騒がせ、必要に応じて力を行使する魔道師たち。
表題作の主人公だけは帝国による侵略戦争の旗印に駆り出された第四皇子という権力側のポジションにいる少年。しかし彼は神々の存在を感じ取る素質を有する繊細な子。英題としてつけられている "Peaceful, The Best" がまさにそう、というお話。
「ジャッカル」は、ほかの作品にも登場する本の魔道師ケルシュが視点人物。
表紙の日本語書名に併記された英題 "Only one drop of emerald"のほうに対応するもうひとつの表題作「ただ一滴の鮮緑」は、自らの生命を削って瀕死の他人を助けつづけてきた魔道師の物語。終盤の繁茂する森とめぐりめぐって還元されるいのちの表現が美しくて後を引く。
盆ノ木至『アルマジロのジョン from 吸血鬼すぐ死ぬ』第2巻(秋田書店,2023年1月) 「吸死」のマスコットキャラであるジョンの日常を描いたイラスト(ひとコマ漫画?)のネット連載をまとめて他キャラによるコメントを付けたスピンオフ2冊目。ジョンかわいいよジョン。
ところで漫画家アシスタントをするジョンの連作で出てくる、気がつくと増殖する「ステンレスの輪っか」というのは、スタイラスペンのペン先をひっこぬいて交換するためのやつって理解でOKでしょうか。自信ない。モッズコート着用ジョンのところに「半田がよく着てるやつ」って書いてあって、そうなんかーって思いました(好きキャラが半田くん)。