虫のいい日々

あぶはち取らずと言われても、極楽とんぼで過ごしたい。
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ここはなに?
ウェブサイト「虫の居所」の一部です。
管理人ならのが、そのときどきに考えたことや興味を引かれたもの、読んだものなどについて、心のおもむくままに、だらだらと綴るところです。心がおもむかないときは、更新停止しています。
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2019年12月に読んだものメモ
今月は、途中まで読んで「なんか気分じゃない」とやめてしまった本が複数冊あったり、短編集に入っているお話を休み休み1つずつ読んでいたけどまだ最後までは到達してなかったりしてて、ずっとなんか読んでた記憶があるわりには、「読了」した本としてカウントできるものは少ないです。

本年も、見に来てくださっていたかたがた、ありがとうございました。来年の抱負としては、えーと、とりあえずこのブログのデザインを手直ししたい……。

ずーっと何年も何年も同じテンプレートを使っていますが、最近の一般的な環境では見づらいのでは? と思っています。そう思いつつ、気がつけばもう年末になっていました。うん、2020年には、なんとかしたい。



  • ディアドラ・サリヴァン『目覚めの森の美女 森と水の14の物語』(訳:田中亜希子/東京創元社,2019年10月/原書:Deirdre Sullivan "Tangleweed and Brine" 2018)
     童話をベースにした再話集。固有名詞を出さない「あなた」や「わたし」を主語に、もとの物語にひねりを加えたり視点を転換させたりしながら、熱くどろりとした感情を引き出すダークな味付けがなされている。間接的な表現によって深読みを可能にしながら、女性たちが現実の歴史のなかで連綿と抱いてきた怒りや悲しみ、それらに立ち向かう姿を浮き出させていく。

  • スティーヴンスン『宝島』(訳:村上博基/光文社電子書店,2012年2月/底本:光文社古典新訳文庫,2008年2月/原書:Robert Louis Stevenson "Treasure Island" 1883年)
     実は読んだことなかったんですよ。児童書として出版されたものでさえ。そして内容も知らなかった。とにかく "Yo-ho-ho, and a bottle of rum!" って歌うんだよね? くらいの知識しかなかった。あとは、悪役が海賊なんだよね、とか漠然と。そんで宝島というくらいだから、島に宝があるんだろ、と。まあ、そこは合ってた。船に乗って遠くの島へ宝探しに行くお話だった。主人公が大人ではなく少年っていうのは今回初めて知った。
     いちばん予想と違ったのは、悪役のキャラクターかな。こんなにも有名な古典作品のラスボスなら、きっとなんかすごい悪の権化、独特の美学を持つ超人的サイコパスって感じなんじゃないかというようなイメージを勝手に抱いていた。ちょっと違ったね。ジョン・シルヴァーは、思ったよりこすっからい二枚舌、「小物界の大物」みたいなやつでしたね。残忍ではあるけど、血が通っている感じでとても人間味がある。彼に関する最終的な帰結にも意表をつかれた。そうか、古い作品だからって、問答無用で勧善懲悪ってわけではないんだな。
     巻末の訳者あとがきが面白かったです。特に、辞書では「指ぬき」という訳語になってる thimble の形状が分からないため文意が取れない箇所があり苦労した話がけっこうな行数をとって綴られてて。
     私自身は小さい頃から母親が西洋式の指ぬきを使ってお裁縫しているのを実際に見ていますが、いまどきは日本でも手芸店に行けば「シンブル」と片仮名表記で売られてるし、手芸とは無縁でも子供時代に小人さんがあれでお水を飲むシーンがある児童文学の挿絵なんかも見たことあったので、そんな悩むこととは思ってなかったんですよね。お裁縫もせず小人さんが出てくる絵本も読んだことなければ、欧米文化に詳しいはずのプロの翻訳家のかたにとっても馴染みのない知識なんだなあ、と新鮮な思いでした。結局、本書では thimble の訳が「裁縫用の指キャップ」となっています。おお、分かりやすい! たしかに、同じ用途に使う道具ではあっても、日本の指ぬきと違って、thimble は形状的に「ぬいて」ないので、厳密には「指ぬき」じゃないよなあ。


  • 白川紺子『後宮の烏 3』(集英社オレンジ文庫,2019年8月)
     主役ふたりの周囲に、成りゆきで集まり情で留まっているかに思える人々のあいだにも、埋もれていた意外なつながりが見え隠れしはじめ、不穏な予感。宿命として与えられたものに抗おうとする若いふたりの今後を思う。相変わらず、鮮明に描写される服飾や折に触れて出てくる甘味、季節の空気や花々への言及に伴う漢字の選び方が美しくて、読んでいて気持ちがいい。新刊出てるんだよなーと思いつつ気がつけば数か月間、手に取りそびれてしまっていたので、来年になる前に読めてよかった。


  • よしながふみ『きのう何食べた?』第16巻(講談社,2019年12月)
     ケンジのお母さんお姉さんたちや佳代子さんち夫妻など、ふたり一緒の「家族ぐるみのつきあい」が広がってくねえ。日々の炊事に関してはシロさんの貢献のほうが大きいカップルではあるんだけど、その料理担当者へのケンジの対応力が同居人としてすばらしいなって思いました。そしてシロさんもついにお仕事上の立場が。
     佳代子さんと出会って12年ってところで、シロさんと一緒にびっくりしました。そんだけの期間、ただただ伝聞でだけケンちゃんの話を聞いてたら、そりゃ佳代子さんも、いよいよ会うことになってテンション上がるわ。
     ズッキーニの天ぷらは、そういえば20年前に読んだ本にも出てきて、真似してみたいなあと思っていたんでした。忘れてた。夏野菜の時期になったら作ろう(また忘れるのでは?)。
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2019年11月に読んだものメモ
  • ブレイディみかこ『ぼくはイエローでホワイトで、ちょっとブルー The Real British Secondary School Days』(新潮社,2019年6月)
     アイルランド人と結婚してイングランドで暮らす日本人の著者が、地元の公立中学に通う息子さんのスクールライフを観察して綴ったエッセイ。とても面白く、ちょっと胸が痛く、でも前向きでさわやか。
     胸が痛いのは、この子がとても細やかで豊かな感受性と、まっすぐにものごとを見通す洞察力を持った少年で、それはもちろん、もともとの資質とかご両親の育て方のよさがベースにあるんだろうけど、同時に、もしや10代前半にして、この子は「聡明でなければ生きていけない」人生を送っているのでは……みたいなことも思ってしまうからかな。
     また、著者の力量あってこそだけど、さまざまな状況に置かれた生徒たちが通ってくる学校生活を描写するだけで、こんなにも英国の「現在」が浮き彫りになってしまうのだな、というのも感慨深い。この本に出てくる子たち、そしてすべての子たちの未来が明るいものでありますように。
     互いの靴を履いてみること、シンパシーよりもエンパシー。思わず湧いてくる共感ではなく、もっと能動的な、他者への想像力。そういったものを培っていこうという意志があるならば、きっと彼らが大人になる頃には、いまよりもう少し世界がよいところになっているはず、という希望を垣間見た。


  • 益田ミリ『かわいい見聞録』(集英社,2019年7月)
     日々の生活のなかにある、ちょっとしたささやかな「かわいい」ものたちを、ひとつひとつ取り上げ、改めて詳しく調べたり考察したり。ともすれば見過ごしてしまいそうな「かわいい」さえもすくいあげて気に留めている、益田さんご自身もなんだかかわいい。

  • 吉野万理子『イモムシ偏愛記』(光文社,2019年9月)
     とある下心込みで近所の大きな屋敷に住む老婦人と親しくなった中学生の少女。しかし老婦人はイモムシを捕獲してはホームステイさせちゃう大の虫好きで、お手伝いしてくれる子を求めていたのだった……。最初はいちいち悲鳴を上げたりと動揺していた主人公が、出会う虫たちについて詳しい説明を聞いたりしていくうちに、だんだんと興味を抱き、かわいさを見出していく過程が楽しい。そしてまた、家族や友人との関係、学校生活のこと、老婦人側の思惑などなど、ままならぬ展開に翻弄されつつもまっすぐに受け止め成長していくさまが愛おしい。

  • 砥上裕將『線は、僕を描く』(講談社,2019年7月)
     両親を亡くして虚無の日々を送っていた大学生男子が、たまたま出会った水墨画の大家に半ば強引に弟子入りさせられることになり、しかし大家が見抜いたとおりに資質を発揮し、寝食を忘れるほどにのめり込み、やがて周囲の人々との関わり、そして自然とのつながりを意識するようになって、身のうちに抱えた空洞が満たされ、目指すべき方向を見出すことができる。そのプロセスが、水墨画を描くという行為を通じて、効果的なドラマとして、繰り広げられている。なにより、水墨画の描写、それを描くときの感覚の描写が、秀逸。文字しかないのに、主人公の目の前にあるそれぞれの作品がどういう水墨画なのかが、もともとの知識皆無で読んでても鮮明にイメージできてる気がしてしまう。著者はご自身も水墨画家だそうですが、門外漢の人間をも強烈に引き込むような言語化ができるのすごい、と感嘆しました。

  • 遠田潤子『廃墟の白墨』(光文社,2019年9月)
     病床の父のところに届いた謎の手紙の指示に従い訪れた古いビルで、待ち受けていた男たちの話に耳を傾けるうちに、父の過去そして忘れ去っていた自分自身の記憶と向き合うことになる主人公。世間の「普通」から取り残され排除された人々が、現実的な生活から乖離してふわふわと暮らす一人の女性の周囲に寄り集まって生活していた自堕落な日々と、そのなかに放り込まれていた小さな子供、やがて起こる悲劇。歪んだノスタルジーと退廃と憧憬の入り混じったイメージが美しい印象を残しつつ、救いがあるのかないのか分からない物語を成立させている。


  • 荒川弘『百姓貴族』第6巻(新書館,2019年12月)
     荒川先生のご実家が乳牛部門をやめたのは、たしか当時、ローカル新聞記事のウェブ版がネットで話題になってて読んだような気がします。そのあとで去年9月の北海道の大地震が起こり、酪農家では断水や停電で牛の世話や搾乳などに支障が出て損害が大きかったが、荒川農園ではすでにやめていたので救われた部分も……というのは、あの時点では結び付けて考えていなかったので、そうかーって思いました。「牛社会のいじめ」ネタが興味深かった。同じ環境にいても、意地悪な牛が出てきちゃうくらいには、牛にもそれぞれの個性と性格があるんだなあ。お父さまの半年で4回のICUという入院話、恐ろしい。元気に退院なさってなによりです。荒川先生のご家族が病気になって、産休すら取らなかった先生がお仕事を絞っておられた時期のことにもさらっと言及があり。先生も皆さんも、いつまでもお元気でいてください。
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2019年10月に読んだものメモ
  • 川瀬七緒『スワロウテイルの消失点 法医昆虫学捜査官』(講談社,2019年7月)
     シリーズ7作目、でいいのかな。前作で赤堀先生といいコンビだったプロファイラー広澤先生は今回裏方仕事に徹して、同じ捜査分析支援センターの技術開発担当である波多野さんが現場に同行。また岩楯刑事の相棒ポジションにつく警察官が、今回はかなり癖のある若者。この、もともとは法医昆虫学に疑念を抱いているふたりが、それを認めるようになっていく。
     このシリーズは、犯罪現場で採取された虫たちを調査することによって真実が追究されていくプロセスと同時に、この新しい捜査方法が、この作品世界のなかで徐々に支持を得ていくプロセスを描くものでもあるのだなと改めて。あと赤堀先生が、ときに常識はずれな言動をとり、目的のためには打算や駆け引きも辞さないタイプではあるんだけど、根底の倫理はちゃんとしていてマッドサイエンティスト的ではないところに安心感がある。
     本作では通常の捜査で歩き回る刑事班と、昆虫から推理を進める支援センター班の行動があまりクロスせず平行線で同じ方角へ……という感じなのがちょっと寂しい気もしたけど、これはこれで、それぞれ別のアプローチで同じ真相に近づいていく構成がスリリング。


  • 川上弘美『某』(幻冬舎,2019年9月)
     誰でもない、未分化な者としてあるときから存在しはじめた語り手が、さまざまな「人」に成り代わりながら変遷し、時代の移り変わりのなかでも存在しつづけ、挙句の果てにはだんだんとその「何者でもなさ」からさえも変容していく。途中までは伴走していた人間たちも、いつのまにか置き去りにされる。異質な者としての複数の「人生」を経て、ようやく出会った仲間としての異質な者たち同士のあいだですら、さらに生じる異質。どこか寂しいような、暖かいような、しんとした読後感。

  • 綾瀬まる『森があふれる』(河出書房新社,2019年8月)
     抑圧されてきた感情、とりわけ「怒り」が、身体のなかからの発芽そして森の形成として具現化するというのが、感覚としてすごく分かるし、ビジュアル的にも惹かれるものがある。社会的な規範やステレオタイプの刷り込みが膜のように作用して気持ちが届かないもどかしさに共感し、しかしそれでも相手を諦めきれない、愛情を手放さない意志と、双方からの歩み寄りへの希求があるところに希望を感じる。美しい。

  • 新井素子『星から来た船(上)』(出版芸術社,2019年5月/親本:集英社文庫コバルト・シリーズ,1992年)
     「星へ行く船」シリーズ番外編、麻子さん視点による前日譚。太一郎さんとレイディ(この頃はまだそうは呼ばれてないけど)のなれそめ編でもあるわけで、本編でその後のことを知っているので、いま読み返してもちょっとせつないね。
     リライト版恒例のおまけ巻末短編は、太一郎さんが地球にいたとき、養育係(?)として雇われていた女性が語り手。少年時代の太一郎さんの聡明さと不器用さ、注がれていた愛情について。


  • 新井素子『星から来た船(中)』(出版芸術社,2019年6月/親本:集英社文庫コバルト・シリーズ,1992年)
     27年を経てリライトされた新版の続き、思い込みとうっかりと偶然の一致が重なってどんどん事態が混迷を極めていく中巻。かなり内容を忘れてましたが、そうそうこんな話でした。巻末書き下ろし短編は、事件が片付いた約半年後、料理に関することがからっきし駄目な太一郎さんと所長を麻子さんが語る。こういった、仕事では有能だけど家庭内での生活能力のない男性を可愛く思って甘やかすように受け止め、誇らしそうにする女性像っていうのは、いまどきのヒロインにはあまり見られない、わりと昭和な感じがあって(この話は平成に入ってから出てるけど)、いくら綿密にいまどきの若い人にも話が通じるように未来社会の設定をリライトしても、根本的な価値観みたいなのは同じ物語世界で同じキャラなんだから継承されるし、やっぱりノスタルジーとともに読むことになるよねってしみじみしたり。
     それと、太一郎さんと真樹子さん(レイディ)のラブストーリーは、最終的に太一郎さんと結ばれるあゆみちゃんを裏切ることになるから書けないという、あとがきでのお話、とても新井さんらしいと思いました。若かりし頃のこのふたりはこのふたりで、すごく痛快なエピソード満載の最強カップルではあったはずなんですけどね、仕方ないね。


  • 新井素子『星から来た船(下)』(出版芸術社,2019年7月/親本:集英社文庫コバルト・シリーズ,1992年)
     あれよあれよとあっちもこっちも丸く収まる下巻。巻末おまけ短編は、「星へ行く船」シリーズ全体を俯瞰してのおまけ短編とも言える内容、でもやっぱりシリーズ番外編である本作のさらなる番外編としても成り立つ麻子さん視点。
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2019年9月に読んだものメモ
  • ジョー・イデ『IQ2』(訳:熊谷千寿/ハヤカワ文庫,2019年6月/原書:Joe Ide "Righteous" 2017年)
     前作の最後で出てきた手がかりをもとに、兄が轢き逃げされた事件の真相について改めて探っていく過程と、生前の兄の恋人だった女性の依頼で、トラブルに突っ込んじゃった彼女の妹を助けに行く話が、交互に語られる。主人公アイゼイア・クィンターベイ(IQ)の人生を大きく捻じ曲げた兄の死がクローズアップされることもあり、前作よりもIQの人間的に頑なまま固まった部分、強い憎しみに突き動かされるような部分も克明に描かれる。一方、ムショ帰りのちゃらちゃらしたチンピラだった相棒のドッドソンが、堅気な伴侶を得て更生し、なかなか安定感のあるキャラクターになっていて、コンビの印象が入れ替わるかのよう。反発したり張り合ったりしながらも、ふたりの掛け合いはやっぱりテンポよくて、対等な相棒感が板についてきたところで、今後も一緒にやっていきそうな流れになって、これはもうシリーズどんどん続けていくんですね?

  • 高山羽根子『カム・ギャザー・ラウンド・ピープル』(集英社,2019年7月)
     主人公が子供の頃に目にしたものが、長じるにつれ再度現れ意味を持ち、うまく捉えきれず表出させられずにいた感情が、そのたびにだんだんとしっかりとした輪郭を帯びていくさまが、静かできれいで強いイメージを伴う言葉で綴られていた。※第161回(2019年上半期)芥川賞候補作のひとつでした。

  • 山崎ナオコーラ『ブスの自信の持ち方』(誠文堂新光社,2019年7月)
     タイトルの印象とは違って、別に心のコントロール法を指南するようなハウツー本ではありません。主にルッキズムへの反論に絡めて、社会の風潮に対する疑問や過去の納得いかない体験の吐露など。著者についてはデビュー時にインパクトあるペンネームだなーとびっくりした記憶はあるんだけど、当時ここに書かれているようなことがあったとはまったく知らなかった。でも、いかにもである……あの頃(いまもか?)のネットの空気なら。そういうのはつぶしていかんといかん。人の尊厳は守られる必要がある。著者が社会を変えたいっていうのは、正しい。自分が変わっても仕方ないんだよ。自分がいまの社会で攻撃されない存在に変化しても意味がない。実質的には誰にも迷惑かけてない相手を寄ってたかって攻撃するのはよくないことだという空気が形成されなくてはならない。収録されてるエッセイは、とても真面目で、ちょっと堅苦しく抹香臭いところも感じられる。でも、真面目に論じなければならないテーマでもあるんだろう。そして本書全体の感想としては「公平を期して中庸を目指すこと、意識してニュートラルであること、それ自体もまた思想的だな」ということを再確認した。

  • 植本一子『台風一過』(河出書房新社,2019年5月)
     石田さんが亡くなってからの公開日記。途中に空白期間も。植本さんは、お葬式後のほうがかえって石田さんのことを静かに深く考えているようにも思う。あんなにも魂がもつれあったような複雑な関係の人を喪うというのが、いかに大変なことであるか。そして、新しい出会いも。もともと、とても人に対する感情の動きが豊かなかたなんだろうな。だからこそ、シングルマザーとなった植本さんとそのお子さんたちを、さまざまな人たちがサポートしようとしているんだろうな。
     お嬢さんたちは、血のつながらないたくさんのクリエイター気質の大人たちに囲まれて、世間一般からすれば珍しいと言われる環境で育つことになるし、小さいうちは、お友達の多くと違う生活に葛藤することもあるかもしれないけど、これだけ周囲に慈しまれているのだから、きっと大丈夫だろうなと思える。半ば祈りも込めて思うことだけど。
     今年の4月に読んだ『フェルメール』の撮影旅行中の日記が入っていて、あのとき撮影終了後はこんな感じで街歩きしていたのか、と興味深かった。お子さんたちを預けて海外出張に出たら初めて涙を流せるようになったくだりに胸を衝かれた。


  • Baoshu "The Redemption of Time: A Three-Body Problem Novel"(訳:Ken Liu/Head of Zeus, 2019年7月/原書:宝树《三体X:观想之宙》重庆出版社,2011年)
     前書きでの経緯説明によると、日本でも今年ようやく第1部の邦訳が出て話題になってる劉慈欣『三体』シリーズが本国でついに完結してしまった2010年、まだまだこの世界に浸っていたかったファンのひとりがネットで公開し、大反響を呼んだ2次創作小説。著者のかたは現在はご自分もプロのSF作家として活躍中らしい。
     原作者が公認し、原作と同じ出版社から刊行され、原作の1部と3部の翻訳を手がけたケン・リュウが英語に訳して世界に紹介って、ファンフィクションの扱いとしては恐ろしいような最高待遇なのでは。でも著者は、ほかの『三体』ファンはこれを解釈違いだと思ったら受け入れなくていいし、本書が正式に原作の続編になったと主張するつもりはない、と謙虚な断り書きを入れています。
     最初のうちは、雲天明×艾AAかー、個人的には萌えない組み合わせなんで具体的に描写されるとしんどいんだよねー、ぶっちゃけ私は艾AA×程心(百合)推しだしー、などとカプ厨的なことを考えながら読んでましたが、天明がどんどん超人化していってびっくり。この作者さん、天明が大好きで、程心(原作第3部主人公)のことは、わりと嫌いなのでは!?
     ――と、いうようなことはさておき。ストーリー的には、原作を独自の発想で補完して、さらにその後のことを語るもの。原作内で提示された事象の見え方をがらりと変えてしまう大胆な解釈も。そしてどんどんスケールを大きくしていって、最終的にはアクロバティックでありつつも、ある意味王道的とも言える帰結に落ち着いたのではないでしょうか。あらすじをひたすら説明していくっぽい急ぎ足の筆致だなーと感じたところもあったけど、とにかく「あ、原作で語られずに終わったあそこの欠落を埋めていくのか!」という驚きと、大風呂敷の広げ具合を評価すべき作品かと。全体としてはとても楽しかったです。これを(商業出版が決まってから手直しはしただろうけど)原作の第3部が出てから1ヶ月ほどで書き上げたって、どんだけの熱量だ……と、もうそれだけで感嘆。
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2019年8月に読んだものメモ
  • 岸政彦『図書室』(新潮社,2019年6月)
     表題作では、一人で暮らしている50歳の女性の現在の生活と過去の思い出が綴られる。日常から少しだけ離れた図書室で出会った本の話や、子供ふたりの関西弁の会話のテンポがなんだかすごく生々しくて、ふたりの想像がどんどんエスカレートしていくに至る流れの切迫感に、読んでる側の昔の記憶が喚起される。そうそう、私もね……と、物語の語り手に向かって自分の思い出を話したくなってくる。それもドラマティックなことじゃなく、なにかの折のちょっとした感覚とか、手触りなどについて。
     併録の自伝エッセイ「給水塔」も、袖振り合うけど別に多生とかじゃないよね的な縁のエピソードが流れるように並べられていく感じが面白かった。あと、発掘現場でアルバイトしている若い女の子について「人と変わったことをしたい」「世の中のキラキラした部分と無縁」「いつも教室の片隅にいたような」などと分析がなされており、ぐさぐさ来ました。私、かつて発掘現場でバイトする若い女子だった時期があるので。我が人生においてあれほど大量に日焼け止めを消費した日々はなかったぜ……って、まあ、とにかく読み進めながらついついそういう「自分語り」をしたくなるような文章なんですよね。


  • 真藤順丈『宝島』(講談社,2018年6月)
     第160回(2018年下半期)直木賞受賞作。1952年から1972年までの沖縄が舞台。語り部の語り口という体で進む文章のリズムに勢いと軽妙さがあって、ぐいぐい迫ってくる。暑い季節に読むと余計に臨場感が出てくる気がする、熱い話。沖縄の歴史については通りいっぺんのことを習っただけの私も、登場人物の怒りや憧れや慟哭に強制的に感情移入させられ、一方では読んでる自分は「ヤマトンチュ」であるため、こういったことから遠く離れてのうのうと生きてきたこと対する恥の気持ちがずっと脳裏で響くことになる。暴力的かつ原始的でさえあるほどのエネルギーを感じる一方で、構成的には端正で冷静な計算を感じる。沖縄の言葉が多用されており、それが物語の味わいにとても重要だと思うのだけれど、たぶん残念ながら私の脳内で再生されている音声は、現実に現地でなされている発音とはだいぶ違うんじゃないかな。

  • 小川洋子+堀江敏幸『あとは切手を、一枚貼るだけ』(中央公論新社,2019年6月)
     書簡集の体裁で、女性による手紙を小川さん、男性による手紙を堀江さんが書いている。かつて連れ添っていたけど現在は離れ離れで、もう二度とお互いの姿を見ることのない男女が、いまの生活を断片的に報告しあったり、過去の思い出を照らし合わせたりしていくなかで、徐々に見えてくるものと、徐々に消えていくものがある。実在の書籍や音楽が次々と引用されるのに、どこか現実味のない浮遊感のあるやりとり。つかみどころのない部分と、深く深く潜っていくような部分とがシームレスに続いているような感覚。ちらっと見たインタビュー記事では著者のふたりは事前の打ち合わせとか特にせずに交互に自分のパートを書いてたらしくて、それでこうやって、トーンがちぐはぐにならずにまとまるのはさすがです。

  • Shanna Swendson "Enchanted Ever After"(Amazon Services International, Inc.,2019年8月)
     「(株)魔法製作所」シリーズ第9弾。初っ端からルームメイトたちと連れ立ってウェディングドレスを見に行くって話になっていて、ついに! やっと! 8巻かけて! ここまでたどり着いた! よかったねええ!! と思ったのも束の間のこと、当然のようにドレス選び中にも、その後の大きな陰謀にリンクするようなプチ騒動が起こってしまいますよ。ってなわけで今回、ケイティは結婚式に向けての準備に邁進しつつ、禁忌とされている一般の人々への魔法の存在開示をもくろむ者たちの正体や目的を探り、野望を砕くために奮闘します。
     とにかくやっぱり、つくづく主人公がさまざまな局面で発揮する心根の善良さ、堅実さにとても好感が持てるシリーズだな、と改めて。大胆な行動に出るときだって、それは真面目さゆえの逃げない姿勢に起因しているのだ。そしてタイトルからも察したとおり、どうやらここでこの連作はいったんおしまいらしい。最終章では私もケイティと一緒に、これまでのあれやこれやが走馬灯状態になった。
     それと、あとがきで、東京創元社への謝意が改めて特筆されていることに、しみじみした。そうそうそうでした、アメリカ本国の出版社が打ち切りにしちゃったこのシリーズの続巻を、東京創元社がオーダーしてくれて、一時期は英語の原書よりも日本語版のほうが発売が早かったりしてましたよね。おかげで作者さんが執筆を続けてくれて、ケイティたちの活躍をここまで見届けることができました。ありがとう東京創元社。


  • 今村夏子『むらさきのスカートの女』(朝日新聞出版,2019年6月)
     近所に住むちょっと変わった「むらさきのスカートの女」を、ひたすらに観察する「わたし」。友達になりたいと言いつつ、声をかけることもなく、根気強く誘導して自分の職場に来させて、まだまだ観察。そのようすを読んでるうちにどんどん、観察する側とされる側、どっちが余計に「ずれてる」かって言えば……という転換が生じてくる。モノローグのなかの対象への突出したこだわりの強さと、周囲とのかかわりからうかがえる実際の本人の異様な存在感のなさのギャップからも、奇妙な感覚が沸き起こる。語り手の、自分のやってることにまったく疑いを持たず揺るぎないスタンスに、幸せってなんだろう、みたいなことまで考えてしまうのだった。第161回(2019年上半期)芥川賞受賞作。
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