虫のいい日々

あぶはち取らずと言われても、極楽とんぼで過ごしたい。
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ここはなに?
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管理人ならのが、そのときどきに考えたことや興味を引かれたもの、読んだものなどについて、心のおもむくままに、だらだらと綴るところです。心がおもむかないときは、更新停止しています。
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2019年1月に読んだものメモ
  • 倉田タカシ『うなぎばか』(早川書房,2018年7月)
     うなぎ絶滅後の世界を舞台とした5つの連作短編。うなぎの妙なる美味しさ、うなぎを救えない日本人の愚かさ、うなぎを大切に偲ぶ者たちのせつない思い、うなぎの墓を自認するうなぎ型ロボットのけなげさ……。もどかしさと、焦燥感と、希望がないまぜになる読後感。

  • 大友義博(監修・解説補遺)『フェルメール 生涯の謎と全作品』(解説執筆:池畑成功,伊藤あゆみ,植田裕子,岡田大/宝島社,2015年10月)
     タイトルそのまんまの本。作品鑑賞の手引きに加え、フェルメールの一生、時代背景、同時代のオランダの画家の簡単な紹介、世間を騒がせた盗難事件や贋作事件の概要まで、ひととおりの知識を分かりやすくまとめてくれてる入門書。『魅惑のフェルメール全仕事』(2015年1月刊,宝島社TJMOOK)を加筆修正・再構成して改題したもの。

  • 小林頼子+朽木ゆり子『謎解きフェルメール』(新潮社, 2003年6月)
     やはり作品鑑賞の入門書だけど、フェルメールの故郷デルフトの案内ページなどもあり。全体として文章が少し口語的に砕けていて、好みが分かれるかも。制作当時の状況や作品の真贋に関して、小林先生がご自分の意見をずばずば表明するのが楽しい。いま上野でやってる展覧会に来てた「赤い帽子の娘」(12月に引き上げられたので、1月に行った私は観ていません)は、普通にフェルメールの作として展示されてたみたいだけど、小林先生は作品の質自体は評価しつつ、フェルメール作ではなさそうという立場をとっておられるんですよね(奥付を見たら古い本だったので、あとで比較的最近の小林先生の本もちらっと見てスタンスが変わっていないことを確認しました)。

  • 篠田節子『鏡の背面』(集英社,2018年7月)
     さまざまな背景のある女性たちが頼りにし、信じて見上げていた人が、実は「その人」ではなかった、という発端から、新たに判明した事実によって外堀がどんどん埋まっていくなかで、むしろ「その人」とは、そして「もとの人」とはなんなのか……と、ひとの人格部分に対する認識のゆらぎが常に存在し、強まっていくのがスリリング。視点人物側からは古い価値観のゲスなおじさんという位置づけにされているキャラクターに、作者がわりと最初からそれでも憎めない、彼なりの倫理と誠実さの分かる描写を付加しているのも印象的でした。

  • 姫野カオルコ『彼女は頭が悪いから』(文藝春秋,2018年7月)
     現実に起こった事件にインスパイアされたフィクション。出版されてすぐの頃にあちこちで話題になっていたんだけど、精神的にすごいダメージを喰らいそうな予感がしてずっと腰が引けていた。まあ案の定、ぐったりしています。
     被害者側と加害者側から、事件までの過程と背景を俯瞰的かつ分析的に追っていく。平凡な女の子を自認し心やさしく世間狭く自己評価過小気味の謙虚さを身につけて育った被害者と、エリート層として自分に疑問を持ったり社会的に自分より下とみなした他人の内面を慮ったりする暇を切り捨て効率的に育った、悪気のない加害者たち。その悪気のなさと両者間の断絶に心を削られる。最後まで自分のやったことの重みを実感できない加害者側の無邪気さにより読んでいるこちらにも、自分だって立場の違う誰かに対して想像力のなさや思慮の浅さに起因する加害をしてしまっているのではないかという怖さが突き刺さる。


  • 星野ルネ『まんが アフリカ少年が日本で育った結果』(毎日新聞出版,2018年8月)
     時々ツイッターでRT回ってきてたかただ! 書籍でまとめ読みできたんだ! と、今頃気付いて。カメルーン生まれで4歳直前から日本に住み、ふたつの国のあいだを行き来している作者が、そのルーツと生い立ちに起因する幼少期からの特別な体験をシェアしてくれたり、日本の大多数の人が抱きがちであるステレオタイプな認識を嫌味なく指摘してくれたり。とても明るく聡明なご両親のもと、健やかかつ伸びやかに広い視野で育ったことがうかがえる、笑いのテンポも軽快でハッピーな1冊。

  • 杜康潤『孔明のヨメ。』第9巻(芳文社,2019年1月)
     徐庶が母親を人質に取られて劉備のもとを離れる巻。徐ママが白井三国志バージョンみたいな不死身の猛烈婆さんだったら心穏やかに読めるのにって泣いたけど(脳内混線)、こっちのお母さまもお強い。主人公側からは敵方だけど色男な策士・郭嘉さん逝去も寂しい。
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2018年12月に読んだものメモ
2019年もよろしくお願い申し上げます。


  • 多和田葉子『穴あきエフの初恋祭り』(文藝春秋,2018年10月)
     自分がいる「いま、ここ」に、うまく馴染めていなくて、ずれた位相のとこで暮らしている登場人物の視点で、主観的に入ってくる外界認識を言葉に置き換えて、その言葉でジャグリングをしているような短編集。私には説明が難しいが、たしかに存在する面白さ。

  • 三浦しをん『ののはな通信』(角川書店,2018年5月)
     足掛け27年にわたる、「のの」と「はな」の書簡集(後半はメール)。同級生として毎日のように顔を合わせていた多感な少女期の文通から、それぞれの道が分かれて直接会うことはない大人の女性同士としてのやりとりまで。ふたりのうち、むしろ無邪気なお嬢さま気質と思われた「はな」のほうが、最終的にその核の部分にあった強靭さを発現させて苛烈な選択に向かい、「のの」は「のの」で真摯にプロフェッショナルに自分の力で人生を歩む。思春期のごく短い期間に最高に純粋で曇りない輝くような恋愛を共有したふたりの、その後おそらく死ぬまで上書きされることのない、強烈で濃密な精神的つながりと、それでもともにあることはできない/しないやるせなさ。物語の始まりのところ、1通目の少女時代のお手紙のなかで『日出処の天子』最終回への言及があるのは、最後まで読むと暗示的なものを感じて、なるほどと思う。

  • 呉明益『自転車泥棒』(訳:天野健太郎/文藝春秋,2018年11月/原書:吳明益『單車失竊記 The Stolen Bicycle』,麥田出版社,2015年7月)
     父親が自転車とともに失踪したことをきっかけに古いモデルの自転車を収集し復元するマニアとなった主人公のもとに、20年の時を経てその父が乗っていた自転車が現れる。家族の過去と現在、自転車を媒介に知り合った人々の記憶、戦時下の凄まじい体験、蝶に関する思い出、ゾウがつなぐ縁……さまざまな物語が詳細だけど淡々とした筆致で、しかし時にがつんと鮮烈なフレーズを伴い、次々と繰り出され展開する。個人的な視点で綴られつつも、台湾の複雑な歴史的・民族的背景がぶわっと浮き上がってくる。そして最後には静謐な美しいものを堪能したという心持ちに。
     ここから読書感想じゃないんですけど、翻訳をなさった天野健太郎さんが、本書の刊行直後の11月12日に急逝されたという報道があり、ご病気だったことも存じ上げなかったので、とても驚きました。こういった読み応えのある小説から絵本まで幅広く手がけておられて、直接やりとりさせていただいたことはなかったけど、私がツイッターに書いた拙い読書感想メモに「いいね」をつけてくださって「ひええ、お目汚しを」と、おののいたりしたこともありました。これからも台湾を中心に中国語圏の面白い本をいっぱい紹介してくださるものだと思い込んでいたので、とても残念です。ご冥福をお祈りします。


  • 島本理生『ファーストラヴ』(文藝春秋,2018年5月)
     父親殺害で逮捕された女子大生と面会を重ねる臨床心理士の女性が主人公。殺人者の心理を探っていくはずが、自身のなかにあった問題とも向き合うことになっていく。異性であっても恋愛とは違う部分で同じ心を分かち合う同志のような存在と出会うのって奇跡的なことかもしれないけど、その同じ心というのが歪みを含んでいて傷つけあう結果になり、しかしそこをすべて包み込んで健やかで穏やかな方向に引っ張ってくれる別個の存在もいて、というの希望を感じる構図だなー、と思ったり。第159回(2018年上半期)直木賞受賞作。
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2018年11月に読んだものメモ
  • 川端裕人(著)・海部陽介(監修)『我々はなぜ我々だけなのか アジアから消えた多様な「人類」たち』(講談社ブルーバックス,2017年12月)
     かつては多様な「人類」がいたことが判明しているのに、なぜ現在地球にはホモ・サピエンスしかいないのかって、言われてみればそうだね不思議だね! って思うのにこれまで考えたことがなかった。なんせ、中学校で習った「ピテカントロプス・エレクトス(私の教科書での表記はたぶんエレクトゥス)」が、いまは使われていない旧称であることすら、ずっと知らずにいたのである。それくらいのド素人である私が、アジアで見つかった化石に基づく最先端の研究などについての話を、読む端から抜けていくわ! と焦る部分もありつつ、終始わくわくしながら読み進められたって、すごくないですか。こういったアプローチが、いかに多角的な技術や発想でおこなわれているかを垣間見ることができて楽しかったです。2018年の科学ジャーナリスト賞を受賞なさったそうで、遅ればせながらおめでとうございます。

  • 乾石智子『白銀の巫女 紐結びの魔道師供戞陛豕創元社,2018年9月)
     すごいクリフハンガーで終わってるぞ。これ3部作でしたっけ。あと1巻? 状況としては深刻なんだけど、この著者の作品では随一でない? っていうくらい主人公である魔道師のお兄さんが、どっしりと安定感や包容力はありつつ、基本的に明るいキャラなところに救いを感じる。あと、一見、作品の舞台は、異世界ファンタジーの王道らしい、わりとオーソドックスな価値観で動いている一方で、作品自体の根底にある価値観はとても現代的だな、みたいに感じるので、読んでてホッとする。

  • 北大路公子『すべて忘れて生きていく』(PHP文芸文庫,2018年5月)
     これに収録されてる、新聞連載の書評を褒めてらっしゃるかたがいたので。新刊書に限定せず紹介してるのがまず嬉しいし、毎回同じ文章量で、筆者本人のお人柄をうかがわせつつ、ときにツッコミ混じりに、「どんな本だよ」って読んでみたく思わせるのも巧い。しかし私は、最後に入っている短編小説2つが印象的だったです。いつものエッセイではなんてことない日常生活を文章の力で面白おかしく描写している北大路さんが、同時にその同じ脳内でこんなふうに、日常からふっと立ち位置がずれたような世界を展開しているのか、という。

  • 花田菜々子『出会い系サイトで70人と実際に会ってその人に合いそうな本をすすめまくった1年間のこと』(河出書房新社,2018年4月)
     ウェブの連載は、面白いなーと思いつつ、部分的にしか読めてなかったので。とにかく、すごいバイタリティのかたで、いろんな出会いをきちんと糧にして、プライベートでのしんどいことも、この活動を続けていくうちに、心の整理がつけられてしまうし、人生において自分がなにを主眼に置きたいのかが見えてきてしまう。心に響いたものをほかの人とも共有したいと強く思える人は素敵だな。私にとっては、読書は最近、どんどん超個人的な経験として狭まっていく感じなので。勝手ながら私がこの著者の人に、なにか本をお勧めしてもらったら……という想像をしてみたんだけど、まず自分がオープンマインドにならなきゃ無理だ、という結論が出てきただけだった。お勧めされる側にも、スキルが要るのだ。

  • 彩瀬まる『不在』(角川書店,2018年6月)
     縁が切れていた父親の死後、名指しで生家を相続したことをきっかけに、家族や人間関係の捉え方のいびつさや無意識下の抑圧が顕在化してくる過程が突き刺さる。自分の人生を作品に反映させてきた漫画家の主人公の、創作と連動する問題との向き合いが力強い読後感につながる。

  • 上田早夕里『破滅の王』(双葉社,2017年11月)
     倫理や理想や純粋な探究心が、戦時下の異常事態に飲み込まれていく無力感と、そんななかでも、ひとりひとりの力の及ぶ範囲でできることをやろうとする者たちがいるという希望。綿密に調べ上げた史実と科学的事実に、フィクションを織り交ぜて重い題材を書き上げた力作。
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2018年10月に読んだものメモ
  • 谷崎由依『鏡のなかのアジア』(集英社,2018年7月)
     東洋のいくつかの場所を舞台とした、時に幻想的な、それぞれテイストの違う短編5つ。とりわけ主に本来は言語ではない純粋な「音」の表現において、異なる言語間の境界がゆらいだり重なったりするような表記方法が面白い。大都会クアラルンプールの場面から始まり、遠い遠い昔に巨大な樹木であった男性の遍歴を語る最後の物語が圧巻。京都でのお話「国際友誼」は、実際にそういう発音上の行き違いを著者が経験しているのかもと思わされて(いや、ご自分でお考えになったのかもしれないんだけど)、ほんのり楽しい。

  • 乃南アサ『六月の雪』(文藝春秋,2018年5月)
     ちょうど無職になったタイミングで祖母が台南生まれだということ、そして台湾がかつて日本の植民地だったということを初めて知った32歳の女性が、少女時代を懐かしむ入院中の祖母のために台湾に渡って彼女の生家を探す。
     それまでまったく台湾とその歴史に興味のなかった人が、予備知識もさほどないまま渡航してみて、知らない土地に飛び込んで新しい体験をしたいというような意欲も強くない状態で出会う、さまざまな事象への新鮮かつ往々にしてうしろ向きな反応がリアル。
     旅を続けるうちにだんだんと実感されてくる歴史に、素直かつ真摯に向き合おうとするさまには好感を抱くのだけれど、現地で案内役をしてくれる台湾の人たちのうちのひとりと主人公の相性がとても悪く、私はどっちかというとその主人公にドン引きされてる側の人のほうに感情移入しちゃうタイプかも、そこまではいかずともこの主人公ほどいちいちむかついたりしないかもと思うので、ところどころで差し挟まれる内心の声に「え、そこでそんな感想!?」とびっくりすることがたびたびで、なんだか自分が主人公に嫌われているような気持ちになってつらかったです。終盤までそのギスギスした感じを引きずる、ストーリー上の理由はあるんですけど、それはそれとして!
     そして日本でも台湾でも、うまく歯車が回らない家族・親子の問題がクローズアップされる一方で、その土壌となった従来の価値観から孫娘を逃がそうとする祖母、台湾で助けれてくれた人たちとのつながりなど人間関係の上で力強く前向きな要素もあり。しかしとにかく「私この主人公と行動を共にしたら絶対ギクシャクするうううう」という怯えの気持ちが強くてちょっと読みながら居心地が悪かった(笑)。


  • 川瀬七緒『紅のアンデッド 法医昆虫学捜査官』(講談社,2018年4月)
     シリーズ6作目。この巻から、赤堀先生が、警察に正式雇用され、犯罪心理学を専門とするプロファイラー、技術開発部の研究員とともに科捜研の分室的な支援センターの職員というポジションを与えられる。警察組織の中では微妙な立ち位置のこの3人が、今後は連携を取って頭の固い上層部の先入観をぶっつぶしていくことになるのかな。特にプロファイラーの広澤先生との、まったくタイプ違う女性同士の遠慮会釈ない会話がいい感じ。これまで赤堀先生、同性の対等な仕事仲間には恵まれていなかったので。また、ここに来て初めて、赤堀先生の過去の一端と、単なる能天気な研究馬鹿ではない屈折した部分が明かされる。それを黙って受け止めるのはずっと彼女の仕事ぶりを見てきた岩楯刑事で、このふたりの互いを気にかけつつ絶対にウェットにならない(ようにコントロールしている)関係性もやっぱり好きだなあ。そして、やけど虫ことアオバアリガタハネカクシ、めちゃめちゃ怖い。いくら謎解きのきっかけになると言っても、文章で描写を読んでるだけで怖すぎる。

  • 陸秋槎『元年春之祭』(訳:稲村文吾/早川書房,2018年9月/原書:陆秋槎《元年春之祭 巫女主义杀人事件》新星出版社,2016年3月)
     前漢字代の中国を舞台に、現代とは異なる常識と倫理感に基づいて行動する人たちのあいだで起こる連続殺人。真相解明に挑むのは、潔癖で熾烈な少女たち。登場人物のとんがりかたから、次々と繰り出される衒学的な要素、理屈として因果関係がつながってはいても決して普遍性があるとは言えない特異な結論まで、なんかすごく、ここしばらく個人的に遠ざかり気味だったけどかつては慣れ親しんでいた新本格の雰囲気が! って感じだったのですが、それが中文からの「翻訳物」であるという事実に、ああこのジャンルは気がつけばもう別に「新」ではないのか、と感慨を覚えたりも(そもそも私自身が「この感覚、久々に味わうけど懐かしい」と感じている時点で……)。でもそうだ、私はこういうのが、好きだったのだ!
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2018年9月に読んだものメモ
  • 温又柔『空港時光』(河出書房新社,2018年6月)
     空港が出てくる短編10作は、どれも淡々と細やかな筆致で、ちょっとした出来事を切り取る感じ。台湾と日本を行き来する、さまざまな背景を持ちさまざまなシチュエーションに置かれた老若男女が順繰りに主人公になっている。まさにこの著者だからこそ、このすべての視点に立って、きっとこういう人は本当にいるな、と思えるような物語を作れるのだろう。最後に収録されたエッセイは、読みながら著者の旅路を一緒にたどるような気持ちで複雑な歴史に思いを馳せ圧倒されるとともに、同行したご友人たちとのやりとりが暖かい。

  • JYYang "Waiting on a Bright Moon"(Tor, 2017年)
     これはいわゆる「シルクパンク」というジャンルになるんだろうか。中華要素てんこもりSF短編。スペースコロニーで政府のために働く主人公女性は、遠方にいるパートナーと漢詩を同時に詠唱することにより感応を同期させ両者間に亜空間トンネル的ななにかを開いて物質を転送できる能力者。最初あまりにも普通になんの注釈もなく中国語が分かること前提の記述が混じってくるので困惑したが、著者名で検索したらシンガポールの人だったので納得。本来、英語だけを読む人に向けて書かれた作品ではなく、たぶん「英語も読む華人」がターゲットなんですね。視点人物が常に二人称youで語られ、一貫して現在形しか使われない特徴的な文章が、臨場感とともに、どこか語り手から主人公が突き放され乖離したような不穏な雰囲気もかもし出している気が。厳然とした無情感が漂う一方で、漢詩の響きともあいまって場面によっては描写に濃密な美しさを感じる。
     余談ですが、中国語理解前提っぽいところは、たとえば、とある集団メンバーがJia, Yi, Bing, Ding……と呼ばれてるとか。これが甲・乙・丙・丁……であることを知らない読者は、単なるニックネームと受け止めて、個性を剥ぎ取られた呼称、みたいな解釈はしないのでは。あと漢詩はそのまんま簡体字で引用。ちなみに作中で使われているのは、岳飛(1103-1142)「満江紅」と、蘇軾(1037-1101)「水調歌頭」です。(←ググったので自分用にメモ)


  • 宇佐美まこと『骨を弔う』(小学館,2018年7月)
     小学校時代に5人が共有したとある体験を、そのうちのひとりが40歳になって思い出し、ほかの面々を訪ね歩くことで、徐々に明らかになってくる、最初に思っていたのと違う真相。単に謎が解けていくだけでなく、当時に立ち返ることによって、登場人物たちのある意味それぞれに停滞していた現在が、よい方向かどうかは未知数ながら動き始めたところで終わる。正直、当時小学生だったなかでいちばんクズいのはみなを訪ね歩く男性(そして作中いちばんの良キャラは彼の父親)なのではって思うんですが、彼が子供の頃のことが、子供の頃のことだからって物語全体でなんか許される感じになってるの、もやっとするんですが、彼が動いてあれこれ掘り返すことがきっかけでほかのみなの人生も動いてさわやかなラストに導かれるのでもやっとはしながら飲み込んで読み終えてしまうのだった。お父さんいいキャラだし、そのお父さんの息子だし。

  • 阿川佐和子+大石静『オンナの奥義 無敵のオバサンになるための33の扉』(文藝春秋,2018年1月)
     対談集。ちょうど阿川さんがご結婚されたしばらくあとから始まっているので、ご夫婦の幸せそうなお話とか微笑ましい。ずっと自分の名前を世間に出して表現に携わるお仕事をしてこられたおふたりなので、その辺の強さが見えるやりとりもかっこいい。ただ、両者ともここまでそうやって生き延びてこられたわけだから、ある程度はマッチョな考え方でいらっしゃるのも自然なことかもしれないけど、パワハラやセクハラ、ぶっ倒れるほどのブラックな働かされ方があってこそ面白いものが作れる、みたいなことを普通に思ってらっしゃることがうかがえる対話を読んでいると、胸がきゅーっと苦しくなった。そんなものがあると明るみに出た時点でコンテンツの受け手側は素直に楽しめないし、なくてもちゃんと面白いものは生まれていくんだ、いまはその過渡期なんだと信じたい。私よりだいぶ上の世代であるこのおふたりのような感覚が、私より下の世代に波及しないように、私らのような名もない庶民であっても、あいだに立って身近なところからの草の根運動で食い止めていかねばならんのだなという思いを新たにした。だいたい、よく分かってないおじさんたちにセクハラの説明をするとき、よく「上司の娘さんに向かってできないことはほかの女性にもやっちゃ駄目」みたいなことが言われるじゃないですか。阿川さんなんかは、常に背後に、お父さまという周囲の年上の業界人にとっての「上司」的な存在があったから、小娘時代にも、人間としての尊厳をとことんずたずたにされるような経験を回避しやすかったんじゃないですかね(ひがみっぽい感想でごめんなさい)。もちろん、阿川さんご本人がお父さまとの関係にご苦労なさったのは、この対談でもほかで読んだ文章でも分かってるんだけど。

  • 八島游舷『天駆せよ法勝寺』(東京創元社,2018年6月)
     第9回創元SF短編賞受賞作。『年刊日本SF傑作選 プロジェクト:シャーロック』に収録されたなかの1編。電子書籍ではバラ売りしてました。
     「佛理学」に基づいて開発されたお寺が祈祷で推力を得て「中有(宇宙)」へと飛び立つ。だいたいもうイメージで押し切られて読んじゃってるんですが、仏教に支えられたテクノロジーと社会のありようがとても面白いしこの短い物語の周囲に奥行きと広がりを感じる。
     発売直後の話題になってたときに買ったまま読みそびれていましたが、このところの災害続きでツイッターのみんながしきりに大仏造立が望ましいとかハイブリッド大仏がよいとか言いはじめたので「そうだ! いま読むのは!」ってひらめいて開きました。
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